生保のリスク・フレームワークに気候変動リスクを組み込むためにオススメの文献
(この投稿は2022年2月5日に更新されました)
「気候変動リスクは損保がメインで生保は関係ない」
日本にいるとそう感じてしまうアクチュアリーが多いと思います。
本当にそうなのか?
英国アクチュアリー会には、生保・気候変動リスク作業部会のリスク管理ワークストリームがあります。
これは、生命保険会社が気候変動リスクをリスクフレームワークに組み込むことを支援することを任務としています。
気候変動リスク管理のテーマは非常に広範。なので、リスク管理ワークストリームでは、リスクガバナンス、リスクアペタイト、ストレス・シナリオ・テストなど、主要な論点に限定して検討しています。
このワークストリームの最初の目的は、気候変動リスクを生命保険会社のリスクフレームワークに組み込むことに関連する論文を、国際的な観点から特定し、レビューすること。
ほとんどの論文は、a) 規制当局の期待やガイダンス、b) ストレスやシナリオ・テスト関連(この多くも規制当局の活動によってもたらされた)、c) 企業に対するガイダンスで、実務的なアドバイスを直接提供することを目的としたものでした。
この分野は常に進化しており、新しい論文が継続的に発表されていることに留意することが重要です。
ここで紹介した論文を利用する前に、最新の更新情報を確認することがオススメです。
ということで、英国アクチュアリー会のブログを参考に、同部会が公表したグローバルな動きをまとめてみました!
気候変動リスク評価に対する規制的アプローチに関する保険業界の見解|問題提起|ジュネーブ協会
この論文は、これまでに行われてきた多くの規制的アプローチの概要を示しています。本稿では、規制当局によるリスク評価とシナリオ分析を改善するためのジュネーブ協会の提言を紹介しています。これらは、外部のプロバイダーに頼るのではなく、自分たちでシナリオ分析を設計しようとしている会社にとって有用です。
気候変動に関する規制の目的
- 保険契約者の保護
- 気候変動の物理的リスクに関連する保険や再保険の保険可能性とアフォーダビリティ
- 保険市場の発展
- リスク認識の向上
- 環境スチュワードシップ
- 金融の安定性
気候変動リスク評価とシナリオ分析に対する規制当局のアプローチ
- 物理的リスク、移行リスク、その両方に焦点をあてたシナリオに基づく定量的アプローチ(例えば、負債側に物理的リスクを、投資側に移行リスクを用いる):BoE、ACPR、オランダ銀行、BaFin、APRAが採用
- 産業界との協議に基づくアプローチ
規制当局の取り組みは、気候変動リスクに関する対話を促進し、リスク認識を高め、新しい考え方を広めるのに役立つ。
一方で、気候変動や社会の対応が金融システムや企業にどのような影響を与えるのかという知見は、全体的にはまだ未成熟である。
シナリオ分析などの気候変動リスク評価の方法論やツールを開発して、意味ある判断に役立つ情報を提供することは、現在進行中の課題である。
移行リスクの影響は、政策リスク、訴訟リスク、市場リスク(消費者・社会からの圧力)、技術リスクなど、予測可能な外部要因によって左右されるため、これらも考慮する必要がある。
短期的な時間軸では、杓子定規な定量的アプローチが意思決定に有用な結果をもたらすかもしれないが、長期的な時間軸では、物理的リスクや移行リスクに関連する固有の不確実性があるため、定性的なアプローチが有効である。
組織 | リスクの種類 | 時間軸 | 方法論 | 業界との関係 |
IAISとSIF | 物理 移行 責任の所在 | ORSAよりも長い時間軸 | なし | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
NGFS | 物理 移行 | 2050年以降 | 定量的な分析を重視 | 報告書やイベントを通じたエンゲージメント |
EIOPA | 移行(炭素税の導入、技術革新、低炭素経済への移行に対する市場の期待) 物理(異常気象の頻度、深刻さ、分布の変化) | ORSAよりも長い期間 | 定性的アプローチと定量的アプローチ 重要でないと判断された場合、説明が必要 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
BoE | 物理 移行 気候変動訴訟 | 30年のモデリングの時間軸(2020-2050年、5年間隔) | 定量的なものと定性的なもの 気候変動訴訟は定量的 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める ワーキンググループやタスクフォースを通じた業界への働きかけ |
オランダ銀行 | 物理 移行 | 特に言及なし | 主に、定量的アプローチ | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
フランス銀行 | 物理 移行 | 2020-2050年(5年間隔) | 定量的アプローチ | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める ワーキンググループやタスクフォースを通じた業界への働きかけ |
BaFin | 移行 物理 | 長い時間軸(具体的な内容は未定) | 主に定量的だが、監督対象企業によっては定性的なものもある | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める 業界との連携 |
シンガポール金融管理局 | 物理 移行 | 物理的リスクは短期間、移行リスクはロングターム | 物理的リスクは定量的アプローチ 定量的・定性的な方法論を用いたストレステストとシナリオ分析 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める 業界との連携 |
APRA | 物理 移行 | 物理的リスクは短期間(現在の事業計画サイクル)、移行リスクは2050年以降 | シナリオ分析とストレステストは金融機関の規模、事業構成、複雑さに比例 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
カナダ銀行 | 移行 | 2100年まで | 定量的 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
NAIC | 物理 移行 | 定性的 | - | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める 金融検査官ハンドブックに気候変動関連の質問を追加 Climate&Resiliencyのタスクフォースを組成 |
ニューヨーク州金融サービス局 | 物理 移行 | 物理的リスクは短期間(現在の事業計画サイクル)、移行リスクは長期(数10年単位) | シナリオ分析 | 論文・報告書・計画書へのフィードバックを求める |
気候変動リスク評価とシナリオ分析の規制で考慮すべきポイント
- 演習の目的
- 採用された手法は、もう敵に明確にリンクする必要がある
- 評価の設計は、物理的リスクと移行リスクに関連する不確実性がもたらす限界を認識したうえで行うべき
- シナリオ策定には、最新の気候環境科学を活用すべき
持続可能な保険フォーラム(SIF) - 保険業界における気候変動リスクに関する質問箱
保険会社のリスクフレームワークに気候リス クを組み込む方法についての具体的なガイダンスはないが、リスクマネジメントやストレ ス・シナリオテストに関する質問がいくつかあり、保険会社が作業範囲を決めたり、導入を提案するプロセスを検証するのに役立ちます。
SIFの2021~2023年の作業プログラムは以下の3点:
- 資産の保険性に関する気候変動リスク
- 気候変動の先にある持続可能性
- アクチュアリープロセスにおける気候リスク
3点目のアクチュアリープロセスは、以下のような内容です。
- 気候変動は、死亡率、健康状態、財務の安定性、資産評価、保険リスクなどに影響を及ぼすため、アクチュアリーが行う業務の広い範囲に影響を及ぼす
- アクチュアリーは、気候変動が保険会社やその業務遂行方法に与える影響の理解と定量化を継続的に改善している
- 気候リスクは、商品設計、プライシング、アンダーライティング、リスクマネジメント、資産の評価などアクチュアリー業務全体の中で検討されている
- 保険数理業務の多くの側面を考慮する必要があるため、SIFは、気候リスクの理解と保険業務へのメインストリーム化を支援
保険セクターの気候関連リスクの監督に関するIAISのアプリケーション・ペーパー
これは、監督上の審査と報告、コーポレート・ガ バナンス、リスクマネジメント、投資、情報開示に関する国際 的な規制の指針と期待を示したものです。保険会社が業務の範囲を決めたり、導入を提案するプロセスを検証するのに利用できます。気候変動リスクをどのように評価するか、また、これらのリスクが投資、引受、意思決定プロセスにどのように影響するかが含まれています。また、データの入手可能性や品質に関する課題についても議論されています。
2021年隔年開催の「探索的シナリオ」の主要要素。気候変動による金融リスク|イングランド銀行
シナリオ分析の目的は、一貫して適用される一連の気候関連シナリオ(物理的リスクと移行リスクの両方をカバー)に対する英国金融部門(銀行と保険会社の両方)の回復力を評価することです。本稿の主な目的は、参加者と金融システム全体の気候変動リスクへのエクスポージャーを評価し、対象となるリスクから参加者のビジネスモデルへの課題を理解し、参加者が気候変動リスクへのエクスポージャーをより良く理解できるよう支援することです。
この文献は英国に焦点を当てたものだが、国際的な企業にとっては、気候変動リスクとそのビジネスへの影響についての理解を深めるとともに、これらのリスクを管理するためのスキルや知識を身につけるための機会として活用できると思います。なお、フランスの規制当局(ACPR)は、同様の調査をすでに終了しており、その有益な教訓はACPRの論文「気候変動に起因する財務リスクの最初の評価:2020年の気候変動に関するパイロット・エクササイズの主な結果」に記載されています。
Network for Greening the Financial System (NGFS)の気候シナリオ・データベースの技術資料
6つのNGFSリファレンス・シナリオについて詳しく説明しています。これらのシナリオは、ストレステストやシナリオテストの基礎として使用することができます。
英国の気候金融リスクフォーラム
気候シナリオ分析の実施に関する実践的なガイダンスは、英国気候金融リスクフォーラムのシナリオ分析ガイド2020および2021に掲載されています。
気候リスクをリスクフレームワークに組み込むこと全般に関して、圧倒的に実用性が高いのは、英国の気候金融リスクフォーラムが発行しているガイドです。2021年10月に発行された最新のガイドには、リスクアペタイト・ステートメントへの気候変動リスクの組み込み、ユースケース例、気候変動リスク研修、実際の気候変動リスク指標と潜在的な気候変動リスク指標に関する考え方など、詳細なアドバイスが含まれています。特に、保険会社を対象としたセクションがありますが、他の金融サービスセクターを対象としたセクションには、より広く適用できると思われる情報があり、一読の価値があります。例えば、生命保険会社は、資産運用会社に向けたセクションの情報を、自社の投資ポートフォリオやユニットリンクファンドの提供に関する議論に利用することができると思います。また、住宅ローンに連動した保障性商品を提供している生命保険会社は、銀行のケーススタディが、気候変動の二次的な影響を考慮した上で、販売力や継続性に役立つと思われます。
気候変動のリスク評価指標、気候変動のリスクモニタリング。どの指標を、なぜ使うのか?
気候変動リスクの評価とモニタリングのために、どのようにリスクメトリクスを選択・開発するかについての有用な情報は、ミリマンのホワイトペーパーにおいて、例を挙げて概要を説明されています。このホワイトペーパーは、2019年に英国を中心とした約40社の保険会社を対象に行った調査に基づいています。気候変動リスクモニタリングのためのメトリクスの開発・導入を検討している企業にとって参考になると思います。
ミリマンは、2021年11月29日に「Climate risk management for life insures」というレポートも公表しています。
熱くなる、変化する気候の中での保険性と回復力
CROフォーラムのポジションペーパーです。この論文は2019年に発表されたものですが、緊急に行動を起こすべきことを非常に明確に述べています。社会があらゆるレベルでグローバルに協力して炭素排出量を削減しなければならないという文脈で書かれています。著者は、カーボンオフセットの利用には懐疑的です。この資料の一部は、組織内でのトレーニング/アドボカシーに利用できると思います。