米SECの気候リスク開示規則から読みとく、保険会社と気候変動リスク管理
2022年3月21日にSECが「投資家向け気候関連情報開示の強化・標準化のための規則」を公表しました。
SECの規則の概要については、金融庁の「ディスクロージャーワーキング・グループ」(第7回)の資料にまとめられています。開示内容を見ると、
- 取締役会と経営者による気候関連リスクの監督
- 気候関連リスクが、企業の戦略、ビジネスモデル、見通しに与える影響
- 気候関連リスクを識別、評価、管理するプロセス、及び企業の総合的リスク管理に統合されているかどうか
- リスク管理の一部として移行計画を採用している場合は、当該計画の説明(物理・移行リスクを特定、管理するための指標と目標を含む)
- シナリオ分析を行っている場合は使用したシナリオ、前提、予想される主要な財務的影響
- 温室効果ガス排出量のスコープ1・2。スコープ3は重要な場合又は目標を設定している場合 等
ここで、スコープ1、2、3の温室効果ガス排出量とは、
スコープ | 内容 |
スコープ1 | 自社の工場・オフィス・車両等、企業自らによる温室効果ガスの直接排出 |
スコープ2 | 他社から供給された電気、熱、蒸気等のエネルギー使用に伴う間接排出(エネルギー起源間接排出量) |
スコープ3 | サプライチェーン全体に占める、スコープ1、スコープ2以外の間接排出。以下の15カテゴリーからなる。 ①購入した製品、サービス、②資本財、③スコープ1、2に含まれない燃料およびエネルギー関連活動、④輸送、配送(上流)、⑤事業から出る廃棄物、⑥出張、⑦雇用者の通勤、⑧リース資産(上流)、⑨輸送、配送(下流)、⑩販売した製品の加工、⑪販売した製品の使用、⑫販売した製品の廃棄、⑬リース資産(下流)、⑭フランチャイズ、⑮投資 |
カリフォルニアの農家は山火事保険の確保に苦労
規則には、以下のような記載があります。
保険会社の中には、山火事の発生しやすい地域は保険対象外であると判断し、撤退したところもある。多くの投資家にとって、山火事による損害、損失、法的責任に対する保険の有無や潜在的なエクスポージャーは、投資の意思決定における決定要因になる可能性がある。
規則の69~70頁
農場、ワイナリー、牧場のオーナーの中には、長年加入していた保険会社から契約を打ち切られたケースもある様子。保険料が3倍、4倍になったのに、補償内容は以前の何分の一かになってしまったという人もいる。また、保険が更新されないという通知も多数届いている。
農家が時間とお金をかけて、草木を伐採したり、スプリンクラーを設置したりして、火災が発生しにくい土地にしているにもかかわらず、保険会社は契約を解除している。「個々の土地というより、郵便番号で判断しているようです」と言う声も。
リスクマネジメントに関する開示
規則の106頁に、リスクマネジメントのツールとしての保険の記載があります。
これらの開示案は、投資家が、より良い情報に基づいた投資や議決権行使の決定を行えるよう、登録者が気候関連リスクを特定、評価、管理するための適切なプロセスを導入しているかどうかを評価するのに役立つだろう。 このリスク管理の説明の一環として、登録者が気候関連リスクへのエクスポージャーを管理するために保険やその他の金融商品を利用する場合、これらの商品の利用について説明することが必要となる場合がある。
規則の106頁
保険会社の気候変動リスクの開示状況
気候変動関連の既存の州法・連邦法として、保険業界が例示されています。
また、州法やその他の連邦法でも、気候関連 の開示や報告を義務付けているものがある。例えば、保険業界では、気候変動リスクの 開示を義務化する要求事項がある。2021年現在、14の州とコロンビア特別区は、年間正味収入保険料が1億ドル以上の国内保険会社に対し、NAIC Climate Risk Disclosure Surveyを通じて、気候関連リスクの評価と戦略の開示を義務付けている。調査の質問項目は、気候変動リスクガバナンス、気候変動リスク管理、モデリングと分析、ステークホルダー・エンゲージメント、温室効果ガス管理などである。2020年度には、これらの州法の規定に従って開示が求められる可能性があり、提案された規則の対象となる上場保険会社は66社であった。
規則の307~308頁
業界別に気候変動関連のワードを含むファイリングのトップ10を見ると、保険会社は7番目にきています。Figure4を見る限り、保険会社は「ビジネスインパクト」と「物理的リスク」に関する記載が多い模様。生損保の内訳の記載はないようですが、おそらく損保が多いんでしょうね。
業界 | 気候関連のキーワイドを含むファイリングの割合 |
1.海上輸送 | 94% |
2.電気サービス | 90% |
3.オイルとガス | 84% |
4.鉄鋼製造 | 82% |
5.鉄道輸送 | 80% |
6.紙・パルプ製品 | 71% |
7.保険 | 70% |
8.旅客航空・航空貨物 | 68% |
9.トラックサービス | 64% |
10.鉱業 | 55% |
また、399頁に開示コストに関する記載もあります。
同様に、保険業界の登録者も、その既存の開示慣行により、増分コストが低くなる可能性がある。セクションIV.A.3で述べたように、保険会 社の多くは、NAIC Climate Risk Disclosure Surveyを 通じて、気候変動に関するリスク評価と 戦略を開示することが求められている。ある州の保険コミッショナーのコメン トによると、この調査はTCFDの提言と大 きく重複しているため、これらの会社は、 TCFDの開示フレームワークを通じた報告に 簡単に切り替えることができるはずである と述べている。これは、本規則案がTCFDと広範に整合的であるためである。保険業界の登録者は、本規則に基づく情報開示に、より容易に適応できる可能性があることを期待する。
規則の399頁
NAICのClimate Risk Disclosure Surveyは、以下の記事の米国アクチュアリー会の動向で紹介したものです。