「モデル・リスク管理に関する原則」を保険会社の視点で眺めてみる
以下のように、この原則は保険会社を想定して策定されたものではありませんが、
本原則は、用いられるモデルや健全性規制等の体系、モデル・リスク管理の実務等に一定の共通点があることを踏まえ、銀行及び証券会社等への適用を念頭に置いて策定されています。
コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方
以下のように、自主的にモデル・リスク管理態勢の検討を行うことが望ましいとされているので、
金融機関は自社のリスク管理の中でモデル・リスクを適切に管理する必要があると考えられます。適用対象外の金融機関についても、業態・規模・用いているモデルやそのリスク等に応じて、自主的にモデル・リスク管理態勢の構築・高度化に向けた検討を行うことが望ましいと考えられます。
コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方
以下のとおり、保険会社の視点で自主的に検討してみました。
保険業界はテクノロジーを積極的に取り込んで発展してきました。
たとえば、
- アクチュアリアル・サイエンスの発展
- コンピュータの計算能力の向上
- 利用可能なデータの質と量の充実
保険会社でのモデル活用事例としては、
- 保険商品のプライシング、収益性評価、EV評価
- VaRなどのリスク計測
一方、国際アクチュアリー会のモデルの定義にあるように、モデルはその性質により必然的に多くの単純化を伴います。
統計的、財務的、経済的、または数学的な概念を用いて、組織または事象間の関係を簡略化して表現したもの。モデルは仕様を持ち、仮定、データ、方法論を用いて、そのシステムに関する有用な情報を提供することを目的とした結果を生み出す。
ISAP(国際アクチュアリー会)
したがって、以下のような点に留意すべきと言われています。
- モデルで用いる手法に唯一の解は存在せず、手法や前提の選択によってアウトプットは大きく異なり得る
- モデルに根本的な誤りがあったり、モデルが不適切な目的で使用される可能性もある
- 外部環境の変化によってモデルが陳腐化する可能性もある
モデルに起因するリスクをモデルリスクと呼びます。
国際アクチュアリー会は、モデルリスクを以下のように定義しています。
モデルまたはその使用方法の不備により、モデルの結果を意図した使用者がその結果から誤った結論を導き出すリスク。
ISAP(国際アクチュアリー会)
たとえば、以下のようなケースがモデルリスクに該当するものと考えられます。
- 保険料計算、責任準備金、EV等の手法や前提の選択ミス
- データの量と質に問題
- 外部環境の変化によってモデルの前提が成り立たなくなる
- 当初想定された範囲外でのモデルの使用
- プログラミングの誤り
- ストレス時に平時と異なる挙動
ミスプライシングやリスクの過小評価があると、収益に悪影響を及ぼすだけでなく、保険会社の支払い余力能力にも影響を与える可能性があります。
モデルリスクが顕在化した事例のなかで、アクチュアリーが関係したものとしては以下のケースが有名です。
アウトソーシングのスペシャリストであるMouchelは、外部のアクチュアリー会社が引き起こした年金基金の赤字に関するスプレッドシートのエラーにより、430万ポンドの利益減を余儀なくされました。Mouchelは利益を大きく損なっただけでなく、株価が下落し、銀行との契約を破棄することを恐れて会長が辞任する事態となった。
5 Greatest Spreadsheet Errors of All Time
エクセルだけでなく、機械学習などの新しいモデルが利用されるようになった今、モデルリスク管理の必要性は高まっていると言えるのかもしれません。
(参考)モデルの定義とモデルリスクの比較
モデル・リスク管理に関する原則(金融庁) | ISAP(国際アクチュアリー会) | |
モデルの定義 | 「モデル」とは、定量的な手法(複数の定量的な手法によって構成される手 法を含む。)であって、理論や仮定に基づきインプットデータを処理し、アウ トプット(推定値、予測値、スコア、分類等)を出力するものをいう。 モデル には、インプット又はアウトプットの全体又は部分が定性的なものや、インプ ットが専門的判断に基づくものも含まれる。 | A simplified representation of relationships among organizations or events using statistical, financial, economic, or mathematical concepts. A model has a specification, uses assumptions, data, and methodologies to produce results that are intended to provide useful information on that system. |
モデルリスクの定義 | 「モデル・リスク」とは、モデルの誤り又は不適切な使用に基づく意思決定によって悪影響が生じるリスクをいう。 モデル・リスクは、金融機関の健全性の低下、法令の違反、企業価値の毀損等の要因となり得る。 一般的に、モデル・リスクは、 (1)意図した用途(モデルの目的)に照らしてモデルに根本的な誤りがあり、不正確なアウトプットを出力する場合、 (2)モデルが不適切に使用されている場合(想定した使用の範囲外での使用や、モデルの限界を超える使用を含む。) に発現し得る。 | The risk that, due to deficiency in the model or in its use, an intended user of the results of the model will draw an incorrect conclusion from those results. |